Vol.06 「けんちゃんの修学旅行」

北海道・網走市の沿岸で凍った海を眺める。写真/こだま

 けんちゃんが「気持ちを落ち着かせる部屋」から、ひょいと顔を出して私に手招きをしている。眉間にちょっと皺を寄せ、難題を抱えているようにも見えるし、喜びを隠すためにわざと険しい顔をつくっているようにも見える。
 そういえば先日、「ぼ、ぼかぁ、せっ先生だけに、しゅ、修学旅行のおみやげを、せっ先生だけに買ってくるからね、せっ先生だけに」と、「先生だけに」を何度も強調した。あの意味ありげな表情は、おみやげを渡そうとしているに違いない。三年生は修学旅行を終えて土日を挟み、きょう寄宿舎に戻ってきた。きっとそうだ。気付いてしまったけれど大袈裟に驚こう。そう思った。

 猫がおじいさんやおばあさんの膝に乗るのは「あまり動かないから」だと聞いたことがある。明るい先生や面白い先生がいる中、けんちゃんがわざわざ私を選ぶのは「うるさくないから」だと思っている。彼は大きな声で話す人や干渉してくる人がとても苦手なのだ。作業に集中しているときは、そっとしておいてほしい。その日の気分で自分から距離を詰めたり、ひとりになったりする。決めるのは自分でありたい。

 けんちゃんは「ま、まあ、すっ座って」と、自分の部屋のように丸椅子を差し出した。そして、「おっおみやげ、おっおみやげ」と鼻歌を歌い、まあるい身体を揺らしながら、お気に入りの赤いリュックの中をまさぐった。やっぱり覚えていてくれたんだ。
 三泊四日で東京スカイツリーやディズニーランドを楽しんできた三年生は、ホテルのバイキングが最高だった、自主研修の時間に上野動物園でパンダを見た、秋葉原のアニメショップでグッズを爆買いしたなど、こちらから尋ねる前に興奮しながら教えてくれた。ただ、けんちゃんからは、まだそういった話を聞いていない。夕方から出勤した私と廊下ですれ違っても「やあ」という感じに軽く手を挙げる程度だった。久しぶりに会ったのに素っ気ない挨拶だった。

 くるぞ、おみやげがくるぞ。私は背筋を伸ばしてその瞬間を待った。
 けんちゃんがリュックの中から取り出したのはシルバーの小さなデジカメだった。てっきりお菓子か何かが出てくるものと思っていた私は面食らった。そして、すぐに恥じた。
 思い出を見せてくれようとしているのだ。ほかの生徒に邪魔されることのない、静かな「気持ちを落ち着かせる部屋」で。なんて素敵なおみやげだろう。

 けんちゃんが慣れた手つきでデジカメを操作する。おじいちゃんから借りたものらしい。私も一緒に画面を覗き込んだ。最初の二枚は茶色い愛犬で、残り三十枚くらいは、ビートたけしと志村けんが写っていた。テレビ画面を連写したようで、よく見ると、カメラを構えるけんちゃんの無防備な顔が反射している。相当むかしの番組だ。昭和世代しか知らないような「タケちゃんマン」の衣装のたけしとピンク色の服を着た「変なおじさん」の志村が突っ立っていた。どれもブレていた。

 けんちゃんにとっては、スカイツリーやディズニーランドよりも、ホテルで観た番組が「修学旅行」だったのだ。普段からユーチューブで昭和のバラエティー番組を好んで視聴する彼は、スターの姿を見つけて慌てて収めたのだろう。
 たいへん興味深いものを見せてもらった。東京の思い出を特別に見せてくれてありがとう。そう感謝したのだが、後日あの写真は一年前のものだと判明した。修学旅行のおみやげですらなかったのだ。

 けんちゃんはあの日以降、学校を休んでいる。寄宿舎にもいない。神妙な顔で「じっ自分の将来と、せっ世界の国々を、みっ見つめ直す」と私に宣言したが、実際は卒業後に入所する施設の見学に行っているようだ。けんちゃんの話は、いつも少し大きい。

※本稿は、著者こだまが文学フリマ東京(2015年11月23日)で頒布したエッセイ集『塩で揉む』の一遍を、個人の特定に至らないよう加筆・修正したものです。

参照元:日刊SPA!

こだま

作家。私小説『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)でデビュー。同作はNetflix・FODでドラマ化されるなど大きな反響を呼んだ。また、エッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)は第34回講談社エッセイ賞を受賞した。その他著書に『いまだ、おしまいの地』『ずっと、おしまいの地』『縁もゆかりもあったのだ』(太田出版)がある。本作『けんちゃん』が著者初の創作小説となる。

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